文化財保存修復学科Department of Conservation for Cultural Property

裏打ち処置の接着剤比較研究
高山歩乃歌
長野県出身
西洋絵画修復ゼミ

 西洋絵画保存修復における裏打ちとは、主に脆弱化した支持体(画布)を補強するための処置である。この処置を構成する主な要素は、接着剤と布に限定される。特に接着剤に関しては、その処置の歴史の中で多様な接着剤が現れるが、現在は中でも合成接着剤が多く選択される傾向にある。修復の歴史におけるこれらの接着剤の出現と変遷から、接着剤の文献的な研究だけでなく、実際に古典から現在までに裏打ちでよく使用される接着剤を比較し、その使用の変遷や、現在合成接着剤が選択される理由、そしてそれぞれの接着剤の利点や不利点などを考察する。
 裏打ち処置は、17世紀から天然水性接着剤、天然非水性接着剤と変遷していく。しかしこれらの接着剤を用いていた頃は、その接着剤自体の特性、あるいは処置に使用するアイロンの高温と圧力によって、色彩やマチエールへの介入という美的問題や、接着剤の浸透、黴の発生のような物理的問題が発生することから、処置であると同時に、新たな損傷発生要因でもあったと考えられる。そこから長い年数を経て、1930年代から合成接着剤が裏打ちに使用され始め、次第に裏打ちに特化した接着剤や機材が現れる。また、さらに裏打ちによる損傷に鑑み、1972年にICOM-CCが7項目からなる裏打ち用接着剤に関する原則を提示する。
 これらの文献調査より、天然合成を含めた5種の接着剤で試料画布に実際裏打ちし、重量の変化、接着剤の試料画布への浸透度合い、pH、可逆性に関して比較した。この比較においては先述のICOM-CCの原則に則して、評価を行った。
 結果、唯一pHに関して水性接着剤が優良性を示した以外は、合成接着剤における重量増加の少なさ、資料画布への接着剤の浸透がないこと、可逆性の良さが明確となった。また、実際筆者が裏打ちを行った実感として、水性?非水性に関わらず天然接着剤を用いる際は、高温と高い圧力を要する反面、合成接着剤を使用した際は、中温程度かつ過剰すぎない圧力によって処置が行えたことから、作業性や安全性の良さが伺えた。このことから、裏打ち接着剤の変遷は、処置にとり、より適正な接着剤を求めての進化であると推察する。ちなみに合成接着剤は、熱を要せず裏打ちが行える点からも、天然接着剤と比較して、ICOM-CCの原則をより叶えることが可能な接着剤といえる。しかし強いて言えば、合成接着剤はその使用の歴史が短く、経年後の可逆の適正などについて明確ではない点が問題点であると考える。