裏打ちによる本紙の伸縮挙動について
李哉炆(芸術文化専攻 保存修復)
東洋絵画修復ゼミ
目次 第1章 研究目的/第2章 実験結果/第3章 総括
装潢文化財の基底材に使用される紙や絹、そして補強や装丁に使用される裏打ち紙は経年劣化により脆弱化するため、裏打ち紙を定期的に交換する必要がある。この裏打ち作業は、本紙と裏打ち紙に水や糊などの湿りを加え、仮張りなど乾燥する工程が繰り返されることによりそれぞれ寸法が大きく変化する特徴を持つ。これは作品や装丁部位に使用されている素材が裏打ちされた際の膨張と収縮の挙動の推測であると考える。本研究では様々な裏打ち紙の条件と繊維の方向性に注目し裏打ち作業による本紙の伸縮挙動に関する比較実験を行った。裏打ち紙の条件及び裏打ち技法、温湿度変化の違いと伸縮挙動との関係について考察試みる。
実験(1)繊維方向による伸縮比較は、本紙の繊維方向に関係なく裏打ち紙の「横方向(Y)」に伸縮差が大きかった。実験(2)裏打ち紙の厚みによる伸縮比較は、「薄口>中肉>厚口」の順に厚みが薄くなるほど伸縮率が大きかった。実験(3)乾燥方法の違いによる伸縮比較は、「自然乾燥(図1.)>仮張り(図2.)>乾燥なし(図3.)」の順に、裏打ち時における本紙の伸縮変化が大きかった。「自然乾燥」の場合は、全ての試験片において、裏打ちを重ねることにより、その度に本紙の縦方向と横方向ともに処置前の寸法より小さくなった。特に裏打ち紙の横方向においてその傾向が顕著にみられた。実験(4)糊の濃度の違いによる伸縮比較は、「15.1%>7.7%>4.8%>2.5%」の順に糊の濃度が濃いほど裏打ちによる伸縮差が大きかった。特に裏打ち後の加湿に比べ乾燥後の収縮率が顕著に現れた。実験(5)温湿度変化による伸縮比較は、全ての試料が仮張り後の寸法から少し小さくなる傾向を示した。伸縮挙動については、裏打ち紙の繊維方向によってそれぞれ伸縮変化が異なる。特に裏打ち後の伸縮挙動は、裏打ち仮張り後でも温湿度環境を変えることによって大きく変化することが分かった。
裏打ちの際、裏打ち紙の厚みや繊維方向、裏打ち回数と乾燥方法といった諸条件が本紙の伸縮挙動に大きく影響することが確認できた。特に裏打ちするほど作品が小さくなっていくこと、そして裏打ち作業後にも温湿度変化によって伸縮変化が見られることはこれまで議論されてこなかった興味深い事象だった。修理技術者が伸縮変化を想定し、使用する裏打ち紙や乾燥方法を選択するための経験則の一部を本実験から立証することができたと考える。