[優秀賞]
松原奈々|縄文時代後?晩期の土製耳飾からみる遺跡間ネットワーク-群馬県域?長野県域における地域差-
群馬県出身
青野友哉ゼミ
縄文時代の土製耳飾は、現在のピアスのように耳たぶに穴を開けて装着するものである。それらは関東?中部高地で大量に出土がみられる一方、小地域での検討がおこなわれず、遺跡間関係(婚姻?交易等)の実態把握がなされていない。そこで本研究では、群馬県域?長野県域における「地域差」に着目し、両地域におけるネットワークの復元を試みた。
本研究でおこなった主な分析は、これまで検討がおこなわれてこなかった「内面刻目帯耳飾」の影響方向、「一単位系列」耳飾の周縁部の細分と地理的分布である。
まず、「内面刻目帯耳飾」とは、耳飾の内側の張り出した部分に、キザミのみをもつ耳飾のことである。これらが長野県エリ穴遺跡で大量にみられ、変遷の初期段階がみられる一方、群馬県域では少なく尚且つ変遷の初期段階がみられないことから、長野県から群馬県への影響方向が考えられる。また、「一単位系列」耳飾は、長野県域から群馬県域への影響が指摘されてきたが(角田2021)、耳飾の周縁部の細分と地理的分布から、群馬県域から長野県域への影響が指摘でき、両地域間の相互の影響関係が明らかとなった。
次に、群馬県唐堀遺跡における「系列」(角田2000)ごとのサイズと、数量の主体?客体の検討をおこなった。系列ごとの多寡の検討では、唐堀遺跡で主体的な系列は「唐堀遺跡の集団」であり、客体的な系列は「他からの集団」と識別できる可能性がある。また、唐堀遺跡の集団は、1cm台の小形有文系列から2㎝台の花弁系列を経て、3㎝台の瘤系列の丸瘤タイプ、そして5cm以上の彫り込み系列というように、人の成長段階に合わせて異なった系列の耳飾への付け替えがあったと考える。こうした群馬県域?長野県域におけるネットワークの背景の一つに、婚姻があったことを想定する。
青野友哉 准教授 評
「今年のMVPは松原さんですね」。2年次に参加した北海道有珠モシリ遺跡の発掘調査で地元の学芸員らから贈られた賛辞だった。
11体もの縄文人骨の出土に、調査のプロたちも必死になって掘り、記録し、取り上げる中、彼女は一歩先を見据えた行動で調査を支えていたことを周りは見ていたのだ。
縄文晩期の土製耳飾りを自ら掘り出した際には、宿に帰るとすぐに関連文献をあさり、翌日には「私、耳飾りを研究テーマにします」と断言した。
その後の彼女は、持ち前の行動力で実家のある群馬県内の資料見学を繰り返し、親切な研究者らのお世話になりつつ、遺物を見る眼を養った。
しかし、卒業研究は初めから順調だったわけではない。設楽博己、吉田泰幸、角田祥子といった名だたる先学がいる中、新規性を見つけることに苦労した。
転機は資料見学の際に、耳飾りの紋様に地域性があることを見つけた時だった。この小さな気づきは、縄文時代の婚姻関係や地域間のつながりを明らかにする大きなテーマに結びついていく。
成果が上がるかわからない中でも、とにかく手足を動かし、実物を多く見て、頭を働かせた彼女の粘り勝ちであった。
卒業後は新潟県燕市の学芸員となる。「耳飾り研究といえば松原さん」、そう呼ばれる存在になることを心から期待している。