[優秀賞]
土井愛夕美|精神更生と山形新聞にみる山形県の経済更生運動
山形県出身
岡陽一郎ゼミ
目 次 序章/第一節 経済更生運動とは/第二節 研究史の整理/第三節 本研究の目的/第一章 経済更生運動の概要/第一節 経済更生運動の展開/第二節 経済更生運動の時期区分/第三節 経済更生指導町村の指定/第四節 経済更生運動の組織体系/第五節 山形県における経済更生運動の展開/第六節 山形県の経済更生指定町村/第二章 経済更生計画書にみる精神更生/第一節 精神更生に関する計画の概要/第二節 精神更生計画の事例/第三節 総括/第三章 『山形新聞』にみる運動の実態/第一節 経済更生指定町村の実態/第二節 その他の記事からみる実態/第三節 新聞の世論からみる農村が求めたもの/終章/第一節 精神更生からみる求められた農村像/第二節 新聞資料からみる運動の実態/謝辞/参考文献?URL
本研究では、山形県の経済更生運動における精神更生計画の具体像を明らかにすることを目的とする。また、運動の実行状況や「農村が求めたもの」を考察する。具体的には、山形県内の「経済更生計画書」(図1)から、精神更生関係の計画を分析する。実態を探る資料としては『山形新聞』を取り扱う。
はじめに、経済更生運動の展開を概観し、概要や時期区分を整理した。また、山形県内の経済更生指定町村を整理し、各町村の位置を示した図を作成した(図1)。経済更生計画書より、精神更生に関する計画を分析すると、全村の主要な人物が集まる全村学校や、会合、村報などによって、町村全体で計画の実行を徹底していたことがわかった。多くの町村において、こうした士気を高める計画が立てられていたのである。ここでは、単なる計画の趣旨徹底や反省のみならず、町村民の問題意識や自治意識を高める目的もあったと推察できる。こうした活動は、自力更生や隣保共助がうかがえ、相互扶助的な一面ものぞかせる。その一方で、相互監視の抑圧や、強制力が働いた可能性もあった。町村民たちの自主性や積極性がどの程度のものであったのかは不明であるが、これは今後の論点になりうる。
続いて、『山形新聞』から運動の実態を探った(図3)。すると、南村山郡南沼原村(現山形市)や南置賜郡三沢村(現米沢市)のように、都会の隣接村や山村であるという地理的条件を活かした計画を立てていたことが明らかになった。また、村長や学校長などの村のトップが熱心に運動に取り組む事例もある一方で、中堅人物となりうる青年層や児童といった若者たちの活躍ぶりが目立つ事例も確認できた。計画書をみてみると、今回紹介したもの以外にもさまざまな項目が見受けられた。衛生や娯楽、節約、敬老会、時間の励行、道路愛護など、幅広い面からのアプローチによって、精神更生に取り組もうとしていたのである。本研究では、村ごとの詳細な分析や比較はできなかったため、さらなる検討を今後の課題とする。以上のように、経済更生運動は町村の個性が反映されたものであり、計画の内容や実行状況、運動の中心となった人物などに相違がある点を指摘したい。経済更生運動は町村が一丸となって更生に取り組んだ、個性豊かな運動であったのである。そのため、運動に深く関わった人物や団体の分析にもあたることで、より詳細な運動の実態に迫れるであろう。
岡陽一郎 准教授 評
資料の数が多いほど、研究の幅や精度は高まりますが、逆に情報の海に飲み込まれ、方向性が定まらない事態も出てきます。土井亜由美さんの「精神更生と山形新聞にみる山形県の経済更生運動」は、そうした陥穽に落ち込まず、多くの資料の声に耳を傾け、経済更生運動を再評価した論文です。
これまで経済更生運動は、主に中央側の思惑-戦時体制強化-が強調されてきました。たしかにそうした側面もあったでしょう。しかし、これでは地方自治体や、その住民は中央の命令に一方的に従う、ある意味哀れな存在になってしまいます。土井さんは数多くの計画書や新聞記事を集め、中央の指示を自分たちにとっての理想の郷土を作る絶好の機会と捉えた多くの人たちがおり、彼らによる地域の実情分析に基づく様々な試みがあったことや、そのために中央側を動かすこともあったことを明らかにしました。土井さんはモノをいう地方の人々を描きだしたのです。
土井さんの地域側に立ったまなざしから地域、そして中央を問い直す視点の有効性は、単に経済更生運動の研究に止まりません。地方史研究の様々なテーマをこの視点で再検討したとき、どのような地域像が生まれるか楽しみです。
そうした意味では、地域に根差し、あくまでも地域の視点から歴史に切り込む、歴史遺産学科に学生にふさわしい論文といえるでしょう。