[優秀賞]
佐藤弘花|中尊寺地の粉の研究 ?素材比較実験を通して?
宮城県出身
柿田喜則ゼミ
岩手県西磐井郡平泉町にある中尊寺金色堂(図1)は、昭和37年(1962)から創建以来の解体復元修理が行われた。当時の修理報告書(以下、金色堂修理報告書)によると、調査により堂内全ての漆芸部において、螺鈿を埋めるための地の粉層が厚く一度に付けられていることが判明したという。地の粉とは漆芸の下地材として漆と混和し使用する岩石の粉末をさす。現在使用される地の粉を用いて厚く塗ると漆が固化しないため、技法の再現は不可能だと見られていたが、中尊寺の裏山の岩石を粉砕した「中尊寺地の粉」が発見されたことにより技法が再現され、中尊寺地の粉は金色堂の修復全般に使用された。しかし、「従来の素材に比べ、厚くつけても速く固化する」という特性を他の地の粉と比較した研究は行われていない。そこで本研究では、修理で使用された中尊寺地の粉の再現を試み、そして再現を試みた中尊寺地の粉を用いて、分析並びに現在使用されている山科地の粉?輪島地の粉との比較実験を行い、中尊寺地の粉の特性の検証、並びに考察を目的とした(図2)。研究の方法は、先行研究調査、中尊寺地の粉の作成、観察?分析、三種類の手板実験を行った(図3)。
地の粉の観察?分析より、中尊寺の裏山の岩石が凝灰岩質であること、金色堂修理報告書の「マンガンが多いため固化しやすい」という記述は、実際に当てはまらないことを確認した。実験より、地の粉に粗い粒子が多いほど厚塗りの際に固化しないこと、作業性が低くなることが明らかになった。また、厚塗りで固化しなかった地の粉も漆の量を減らすと固化するが、作業性や固化後の状態に影響するという結果を得た。
結果、「厚塗りでも固化する」という特徴については明確な差異が出ず、証明できなかったが、「従来の素材より速く固化する」という特徴は証明することができた。実験全体を通して山科地の粉に比べて中尊寺地の粉の方が作業性の低さを感じたが、固化後の状態変化は少なかったことから、金色堂創建当初の技法は、作業性?美観よりも螺鈿の隙間を一気に埋める効率や固化後の変化の少なさを考えて、選択した地の粉であると考察する。
本研究では岩石成分の分析などの不足により、厚塗りの際に固化する仕組みについて科学的な根拠は不明なままである。今後、さらなる先行研究の調査、地の粉粒子の詳細観察や全岩分析などを行うことで、中尊寺地の粉の特性についての科学的な考察が進むと考える。
柿田喜則 教授 評
佐藤さんが研究テーマとして着目したのは「地の粉(じのこ)」という漆工技法の下地に用いられる素材です。中尊寺金色堂内の美しい螺鈿の漆工装飾を支えたその「地の粉」は、お堂の裏山から採取したと言われていることから「中尊寺地の粉」と呼ばれ、他の地の粉にはない特性があると言われています。彼女は「中尊寺地の粉」をさまざまな実験を通して客観的データから評価し、当時の職人が使用した理由を明瞭に結論としてまとめることができました。
彼女が優れた研究成果を上げることができた理由には、知りたいという探究心と実行力にありました。お寺にお手紙を出し、岩石採取を特別に許可していただいた事。採取した岩石は自らの手で砕き、すり潰し、地の粉を作製した事。また、漆にかぶれながら何度も下地を作製し、技術の向上を図ってきた事。これらのことは研究者にとって、とても大切な素養です。これからも日々の努力を忘れることなく邁進されることを心から期待しています。