文化財保存修復学科Department of Conservation for Cultural Property

[優秀賞]
蔡允英|酒を用いた漆の硬化速度に関する研究
韓国出身
宮本晶朗ゼミ

 漆工芸品の修復では、作品と同一の材料である漆で修復が行われる場合が多い。漆工芸品の修復には漆が必要になるが、漆には硬化させる条件が厳しいという難点がある。漆は高分子化合物で、硬化するには高い湿度(70~90%)が要求される。そのため、漆工芸品は修復時に高湿度環境に置く必要がある。しかし、その環境では、基底材として主に使われる木材が水分によって新たに損傷するおそれがある。少量の漆の硬化のためであっても作品全体を高湿度環境に置くことは、木材と漆塗膜の含水率の差による剥離?剥落や、漆工芸品を装飾する金属の腐食などの問題に繋がる可能性がある。したがって、漆工芸品の修復時は、可能であれば高湿な環境に長時間置かず、短時間で硬化する方が良い。昔から漆職人の間で、漆の硬化を早くするために漆風呂を酒で加湿するという話が伝えられている。いつから始まったのか、どのような方法でするのかは具体的に伝えられていないものの、酒を利用すること自体は松田権六『漆の話』をはじめ様々な文献に記されている。しかし、硬化時間について検証した資料や関連する研究はほとんどない。
 したがって、本研究では酒を加湿して漆を硬化させる方法と、酒を直接漆に混ぜる方法の二つの実験をすることによって、酒が漆の硬化にどのような影響を及ぼすかを検証した。そして、マイクロスコープ観察やクロスカット試験を行うことで、硬化した塗膜の品質を知り、文化財保存に活用できるかを検証した。
 実験結果、二つの実験とも酒を使った試料の硬化時間が、通常の方法よりも早いことがわかった。しかし、その時間の差は短く、劇的な効果があるとは言えない。これは漆器製作の成功を祈願して酒を撒くようなことが漆職人に口伝として伝わってきた可能性も考えられる。そして、クロスカット試験結果、酒で加湿した試料は塗膜の状態が通常の状態であった。一方、酒を混合した試料は密着力部分で何も混ぜていない試料と比較した時、密着力が下がることが分かった。したがって、酒で加湿する方法は漆工芸品の保存修復に活用できる可能性がある反面、漆と酒を混合する場合、保存修復には活用できないと判断される。今後、この現象の原因についても研究していきたいと考えている。


宮本晶朗 准教授 評
漆は乾かすのに時間が掛かる塗料である。それをなんとか早くしようと、漆塗りの職人たちは古くから様々な方法を試してきた。その一つがお酒を使う方法。しかし、本当に早く乾くのかを検証した研究はほぼない。
そこで蔡さんは漆塗りのテストピースを作成し、乾くまでの時間を測定して、古くからの知恵が事実であることを明らかにしようとした。しかし、この実験は本当に大変だった。同じ手順でもうまくいかない日もある漆の難しい特性、厳密さを求めて大きな空間からシャーレ内に移しての実験。日々難題が発生したが、それを乗り越えるために毎日のように実験をおこない、精度の高いテストピースの作成手順や、厳密な実験方法を自らみつけていった。 蔡さんが明らかにした漆の不思議な特性は、漆芸品の保存修復に活用できる可能性があり、この分野に重要な意味がある。今後の研究の進展を期待し、また将来の活躍を心より祈念する。優秀賞おめでとう

1.硬化させた資料

2.加湿実験の結果

3.混合実験の結果