ひとりで、またはアーティストの取材の同行やミーティングなどで、ここ最近はほとんど毎週のように蔵王温泉へ行っている。私の住まいは山形市内なので、日帰りで滞在時間が数時間のこともあれば、せっかくだからと宿泊することもしばしばあり、過ごす季節、気候、時間によって、蔵王温泉はさまざまに違う顔を見せる。
「蔵王文学のみち 茂吉歌碑めぐり」 の「湯の歌碑めぐり」のルートを私がはじめて歩いたのは、2023年8月31日のこと。まず、蔵王温泉街まで、車を使って行った。山形市街地から蔵王温泉街へ行く場合は、県道21号、県道53号、県道167号のいずれかを用いることになるが、私はその日大学から出発したので、大学の裏手にあたる、車通りが比較的少ない県道53号を利用した。
ぐんぐんと車で登っていくと、突然、一頭の動物が車道に現れた。天然記念物のカモシカだ。安全確認ののち、車を一時停車させてパシャリ。しかしときすでに遅く、ガードレールを飛び越えたようとするところだった。このとき、朝7時27分。私も早起きだが、カモシカも朝が早い。
以来、私は蔵王でカモシカに遭遇したことはないが、5月上旬、蔵王温泉に取材に来てくださった歌人の伊藤紺さんは、高湯通りに着いたとたん、カモシカに出遭ったとのこと。高湯通りで営まれている旅館の女将に話を聞くと、カモシカの歩くルートになっているようだ。そう、蔵王温泉は人間だけではなくカモシカも歩いている。ちょっとびっくりするけれど。
冬ぶりの蔵王でした。カモシカに会いました。 https://t.co/OTojfpbFD4 pic.twitter.com/kzHbEwwy2l
— 伊藤 紺 (@itokonda) May 9, 2024
さて、8月31日は、朝8時前には蔵王温泉に着いて、「湯の歌碑めぐり」を歩き通すべく、スタート地点の蔵王温泉バスターミナルから、歌碑のルートに沿って、ゴール地点の鴫の谷地沼へと向かった。
高湯通りから、長い階段の参道を登り酢川温泉神社へ。参拝ののち、向かって左の横道から上の台ゲレンデに出たら、ぐるっと回って再び高湯通りへ。湯の香通りと上の台南通りを抜けると、樹氷通りへといたり、そこまで来れば、鴫の谷地沼までももうすぐ。歩くだけなら徒歩約1時間だが、歩いていると歌碑をはじめとしていろんなところに目がいき、1時間では足りず、2?3時間は歩いていた。ビエンナーレもそうなるだろうな、と思いながら。
いくつかそのときの写真を載せる。
最初は、もともとの目当てがそうであるので、斎藤茂吉の歌碑をはじめとする石碑に目がいった。石碑は、長くその場所に存在しているものの存在感があり、人間の「石に文字を刻み、残す」という行為自体への興味が惹かれる。いっぽう、いまは営業をされていない店舗や旅館などから、町の移り変わりの一端を感じたりもする。
蔵王温泉に対しては、温泉だけではなく、スキーをはじめとするウィンタースポーツのメッカとして(山形蔵王温泉スキー場は1925年開場とのこと。来年で100周年!)、あるいは特別な気象条件のもとアオモリトドマツに雪と氷に覆われてできるという樹氷の生まれる場所として、つまり、冬への強い印象をその体感とともにお持ちになられている人も多いと思う。
実際に、例えば、山形ビエンナーレ2024の蔵王温泉エリアのゴールとして考えている鴫の谷地沼は、冬は沼が凍っていて、遊歩道を歩くことはとても難しい。先ほどの青々とした写真と比較して欲しい。
この日は、画家の浅野友理子さんと一緒に蔵王温泉街を取材していて、鴫の谷地沼にも来てみたはいいものの、視界が悪く、なかなか大変だった。だが、雪が、この土地に住んでいる人間以外の生きものの痕跡を教えてくれたりもする。
カモシカなのか、動物に詳しくない私はわからなかったが、明らかに人間ではない足跡が残っていた。斎藤茂吉の歌碑は、雪に埋もれていた。
蔵王温泉に暮らしている人たち、働いている人たちにとっては、ごくごく当たり前の季節の変化なのだと思うが、私はそうではないためになかなか実感しにくいことも、訪れる数を重ねるとだんだんとわかってくる。いや、わかってくるというのはおこがましく、そうして、ただ、知ることを重ねている。
山形ビエンナーレ2024の開催は9月1日~16日なので、植物の緑がまぶしく私たちを迎えてくれるだろうか。けれども、別の季節もそこここに実は潜在していて、私たちを待っているのではないか…と想像してみてはどうだろう。夏でありながら、秋の、冬の、春の、気配を感じようとしてみる。見えないものを見ようと、知らないものを知ろうとする想像力を私たちは持っていて、その対象には季節も含まれているのではないかと、蔵王温泉を訪れ、参加いただくアーティストの作品の構想を聞くなかで思うようになった。
(文?写真:小金沢智)
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東北藝術道のはじまり|連載?小金沢智の、東北藝術道 #01
東山魁夷の《道》を訪ねて|連載?小金沢智の、東北藝術道 #02
歌碑に導かれて[山形ビエンナーレ2024 私的随想録①]|連載?小金沢智の、東北藝術道 #03
小金沢 智(こがねざわ?さとし)
東北芸術工科大学芸術学部美術科日本画コース専任講師。
キュレーター。1982年、群馬県生まれ。2008年、明治学院大学大学院文学研究科芸術学専攻博士前期課程修了。専門は日本近現代美術史、キュレーション。世田谷美術館(2010-2015)、太田市美術館?図書館(2015-2020)の学芸員を経て現職。
「現在」の表現をベースに据えながら、ジャンルや歴史を横断するキュレーションによって、表現の生まれる土地や時代を展覧会という場を通して視覚化することを試みている。
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